STEALTH

Máy bay tàng hình

Thank you so much, Indievisual !

Indievisual supported me since when I screened my first film," illuminations".

 

 Past article about "illuminations" :

read.indie-visual.net

 

 

 and recently I had a opportunity to be mentioned again.

Thank you so much indeed.

 

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I'll participate in Berlinare Talents 2019 as a director.
I'm excited to see people who have infinite dreams and pure passion for cinema.
I would like to step into the world of last film of my trilogy, as well.
Thank you so much #Repost @indievisualhq !! for supporting me for a long time. Please look forward 😁💕
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Congratulations to Hasegawa Yokna. The Dual City director has been accepted to participate at the 2019 Berlinale Talents. After Dual City, she released the first episode of her Japanese Year Zero trilogy, Illuminations. However, completing her trilogy has proven difficult in the current environment of Japanese independent cinema. Rather than give up, she decided to go to Berlin and study ways she can bring her movie (or other concepts) to life as well as network with people who may help her accomplish her goals. I'm working with her to contribute an article or articles for Indievisual recounting her experiences there. We are both excited to share that with you. Most importantly, I am truly excited for her and the journey on which she is about to embark. If you're a filmmaker, producer, or other industry person who'll be in attendance, please look her up.

#berlinaletalents #berlinaletalents2019 #berlininternationalfilmfestival #femaledirector #ladyfilmmakers #director #japanesefilmmaker #japanesedirector #independentfilm #independentvision #yoknahasegawa #長谷川億名

Telemotion<> (Gracia,Barry 2018)

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Gracia, Tokyo<>Ho chi minh Telemotion,Yokna Hasegawa



 

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Gracia, Tokyo<>Ho chi minh Telemotion,Yokna Hasegawa

 

 

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Gracia, Tokyo<>Ho chi minh Telemotion,Yokna Hasegawa

 

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Gracia, Tokyo<>Ho chi minh Telemotion,Yokna Hasegawa

 

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Barry, Tochigi<>Vancouver Telemotion,Yokna Hasegawa

 

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Barry, Tochigi<>Vancouver Telemotion,Yokna Hasegawa

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Barry, Tochigi<>Vancouver Telemotion,Yokna Hasegawa

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Barry, Tochigi<>Vancouver Telemotion,Yokna Hasegawa

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Barry, Tochigi<>Vancouver Telemotion,Yokna Hasegawa

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Barry, Tochigi<>Vancouver Telemotion,Yokna Hasegawa

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Barry, Tochigi<>Vancouver Telemotion,Yokna Hasegawa

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Barry, Tochigi<>Vancouver Telemotion,Yokna Hasegawa

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Barry, Tochigi<>Vancouver Telemotion,Yokna Hasegawa

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Barry, Tochigi<>Vancouver Telemotion,Yokna Hasegawa

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2018

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2018

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2018

 

2015年末*に書いていた文章

 

 

オーロラ

 

・・時たま夏になると、森へ行った。必要なのは、図鑑だ。当てずっぽうにページを開き、写真を覚え、目を瞑り、数えていく。3,2,1・・

目を開くと森だ。

湖だ。

一瞬まぶしくてどこかわからないほどだ。緑の空気に光は乱反射し、息がつまるほどだ。大気と光の飽和が、終わらない絶頂を迎えている。

巨人の眼窩の様に広大な水の膜の上に、船は浮かんでいた。

 

Jがいつもの様に船を漕いだ。J・・。宝石の様に乾いた瞳。

どうしてここに来るのか、それは季節がめぐり、殺した者たちがもしかしたら生き返っていないか、確かめるためだと自分では思っていた。

 

水は、何処までも妨げるものが無かった。のぞき込むと、林檎で湖の底はいっぱいになっている。赤から青へ移ろいながら遠ざかっていくのが綺麗だと、誰かが落としたのだろう。時計も見える。14時。水の中で律儀に時を刻んでいる。

この湖の底は三角錐の頂点になっており、そこで誰かが血を垂らしている。その栄養によって、この湖は生き、昇天川にも、そして海にも、命をもたらしている。学者によるとここは昔、共同墓地だったらしい。いまは魚たちの心理的な母として存在している。

 

......」Jの言葉に顔を上げると、確かに日が傾いていた。

??????年ぶりに、夜が来るらしかった。夜が来るとバクテリアが溶けだし、腐食を始める。前回の夜は、記録にない。そんな余裕もなかったのだろう。太陽が去る様子を見ると、心中まで翳り始め、燃え尽きてでも、しがみついて行きたい気持ちになった。夜はほとんどのものをいっしょくたにして、わけのわからないものにしてしまう。今はこんなに怖いのに、夜に触れられてみればすぐに怖くなくなるらしいのだって、その証拠だった。夜が来ると思うとじっとしていられなかった。ボートから降り、Jにお別れを言い、森を少し歩いた。Jはまだ離れなかった・・それは私がJを必要としていることを意味した。でも夜が来る瞬間を、一人で待つ必要性を感じていた。私は何かヒントがある気がして、耳を澄ませた。

 

唯一、月が泡立っていた。ざわざわ・・

 

私はJと別れた。海に行く必要性を感じていた。海まで行けば、別の船がある。個であることの最後の抗い。あの船の中にいれば、私は別々であり続けられるかもしれない、

でも、海を目指していたはずの私は、気づくとなぜか、森の頂上にいるのだった。

辺りは、咳き込むほど赤い大気に満たされていた。

 

 

もう夕方なのに、鏡を持って、太陽に救助信号でも送っているのだろうか。鋭く反射した小さな光が、私の顔に当たり、遊び回り、虚空を散らばって飛んで行った。

 

「どれが愛だと思う?」あるとき森で、アダムとイヴごっこをしている時、Jは様々な種類の落ち葉を切り株の上に順番に置いて行った。Jはその中の一つの枯れ葉を指さした。「私はこれを選んでほしい。」それから別のを指さした。「だけどアダムはこれを選ぶの。」

 

時間旅行者いわく、未来では善悪の概念が無くなるのだという。なぜならどの選択も無限のパラレルワールドの中で、どこかの誰かは受け持つ罪だから。

A線では忘れられない旅をした。B線では君は翼の傷ついた鳥で、私は手を持たない風で、落下する君に巻き付くほかなかった。でもC線では卵の殻の君に包まれて生まれた。自分から割ろうとしなくて母を心配させたのはそれが理由だった。D線では私は君が蜜を吸った花の中の一つ。E線では君のはみ出した内臓の上で果てる夏の雨粒。F〜J線では宇宙からやってきて君の頭蓋骨をあっけなく通り過ぎた。K線では一瞬だけ接近する二つの電車。L線では君は燃え尽きた町、私はその地下で春になり目を覚ます蛙。Mを経てNを経て、一つの星とそれに捉えられた塵になった。この回の生はとってもとっても長くて、そのあと私は私になった。

 

接近する瞬間は、ドクドクして、なんて温度なのだろう。離れる時は、なぜこんなにも…..

私は、何も捨ててない。忘れ続けていくから

何にもアクセスなどできないのに。

 

息がしづらくなり、寝転がった。頭を横にすると、まだ夕方の粒子が世界に残っているのが見えた。孵化する時に見るような、赤みがかった温かい、

 

いつか貝殻みたいに耳に当て、

それができるのは物質だけだから。

 

 

 ---

 

 

 

 

スロウ

ある回の私にとっては、世界とは自分が参加できないゲーム。それは既に終わっていて、響いては逃げていく残像、スロウな振動の束、靄に過ぎない。だから私にとって宇宙は、白いミルクのようなぶっ飛んだ液体だった。黒い宇宙が埋め立てられたのは、時代が私に追いついたまでの話だ。

 埋立地はメッシュ状で、穴が開いていた。その穴にはかつて瞳がハマっていた様な、何かを眼差した跡があり、同時にそれを失ったような深さがあった。

 

テオと会ったのは66日のことだったー大雨の中。私は歴史のリサーチで空中を飛び回っていた。テオは濡れた街の静かな分かれ道で俯いていた。自らの神と共同体と、まだほとんど知らない生命への憎しみ、それと境界線の無い愛、または恐怖、の何本もの手で挟まれて一人、潰されることを選んだ。一つの空っぽな道と、テオと、雨粒と、何匹かの虫が吹き飛んだ。私だけが見ていた。

私はパトカーが聞きつけてくる前に、地面から、テオの砕け散った抜け殻を拾い集めた。

そして自分をしばらく納めておけるもの、その中で跳ね返ったりして遊び回り、遂には像を結べる物―レンズを作った。

テオという名前はその時につけた。その夜、焼け焦げた街角には赤いネオン管の看板に、煙を立てたT・E・Oだけが震えて残っていたから。

 

レンズと私の体があれば、その擦過熱で、何処までも透明に世界を見通すことができる。だから私はテオを通して、全てが爆発的に生まれ、揺れ、消え去るのを感じた。近づいたり遠ざかったり、自分の想像を遥かに超えたものが生成されていくのを。でも本当はそんなことよりずっと根本的に、楽しいことがあった。それはテオと一緒にいることだ。

 私はテオを通って、愛を見出した。テオの体を行ったり来たりすることで私の散らばった雑念は集中し、物質界と調和し、明るい火を起こした。

 テオは、透明であることを宿命づけられた人だった。だから毎日三度のお風呂。私はテオの体を良く洗った。私なりに。だけど私に似て、テオはいつまでも、少しだけ曇りのあるレンズだった。

 

 ところで、そんな時間はすぐに奪われることになった。エントロピーの収支が合わないのが見つかり、私は罰せられたのである。私はテオと引き離され、墜落と上昇を繰り返す刑に処せられた。

 

世界は卵の様に攪拌され、白濁して体中に流れ込む。そしてあらゆることとの存在的な繋がりに間違いを感じ、怒りのような気持ちしか持てなくなる。私は何度も関心の無い球体に向って激しく墜落した。その無限の繰り返しの中で、私は忘れた。テオのことさえ。でもいずれにせよそこにテオがいたら、あの頃とは自分がすっかり変わってしまったことも考えず飛び込んでしまい、壊してしまっただろう。

 ただ地上に落ちた後、引きあげられる前の虚脱感の一瞬だけは、空白の中で急に何もかもがはっきりして鮮やかにわかり、テオを通って私の存在が、初めて像をつないだ時の驚き、その全てを始めから司る恐ろしい偉大な眼差し、が突然背後に感じられることがあった。

そしてまた、天上に鎖で引っ張り戻され、氷の粒の層に削られながらぎこちなく通り過ぎる時には、目を細めると、乱反射の奥に、「真理」の実在の確率が乱れながら揺らいだ。それは懐かしい動作だった。そしてその後に残るのは途方もなく、説明もつかない、どうしようもない、遥かな不在感だった。

 

ある時、その繰り返しの中、私は地上に墜落し、彗星の様に穴を開けた。廃車を浸していたオイルの泥濘に突入し、私の一部は天に上昇していった、残りの私は燃え広がり、雨から逃れ、廃墟に迷い込んだ。

私は乾いた塵を伝いながら、重力につかまった精神どもを天空に戻してやった。私は磁石質の山の様に佇み、沢山の軽い物を吸い寄せた。それまでこの家の主人だった、美しい花や草や黴が浮かび上がって私の中に入った。そのたび私は大きく強くなった。動くものたちは私を恐れ逃げまどったが、追いかけた。布きれに纏いつき、柱を駆け上がった。凄まじい興奮だった。

無我夢中でいると、机の上の一通の封筒がふと目についた。私は燃え移り、筆跡を感じた。「T・・様」。読むとその部分はすぐにボロボロになった。

T・・。もう一度と思ったその時、水が襲い掛かり、手紙と私を引き離した。とてつもなく柔らかい月の様に、焦げた手紙が浮いた。私の大半は殺された。私は咄嗟に月にしがみつき、温もりとなって水と混じり合った。私は勢いよく流れた。目の前に下水道が出現した。避けるまでもなかった。そして急激に近づいてくると、私を飲み込んだ。私は滑り落ち、凄まじく汚れた。呆然としていたが、ぬるぬるする壁に押し付けられながら進んだ。最初は息苦しかったが、力を抜いていればどこかへ辿り着くだろうと思い、とにかく気をしっかり持ってほとんどのことは忘れた。そうして淀んだり乾いたりして、すり減りながら長い時間を過ごしていると、ざわめきがあちこちから寄ってきて、集い、並走してくるのがわかった。みんな出口へ向かっているのだ。闇に白い穴が開き、落ちてくる星の様に眩く巨大に迫ってきた。反響はやみ、爽やかな解放感と新しい風が私を振動させた。そのまま広い場所に進んでいるととても小さい者たちが私にとりついて汚れを食べて除いた。

 

そこは昇天川の上流だった。そこで私は、テオの重力に引っかかった。テオに会うと私は、すぐわかった。虚無が満たされたからだ。

私は昔の様に透過することは無かったが、テオの回りを渦巻いてのぞき込んだ。

テオの体からーーKmの距離を、何本も筋を引いて私が流れた。

 

黒い宇宙は埋め立てられ、白い宇宙になる。

後は心の中で、横切ったものの残像を、つなぎ合わせて過ごす。

でも朝と夜が会えないように、すべてははなればなれになっていく。

その時どうしようもなく広がるのは、擦過熱の思い出であり、回転の笑いであり、それまで思ってもみなかった、新しい波のシンクロする唄だ。

 

夜空の中、私は小魚たちに紛れて流れた。テオを入れて、いくつかの光をつなぎ星座を新しく作った。テオは傾きながら回った。強い恒星を背景にするときは、両頬に横線を引いたインディアンの様だった。

白い宇宙は密度を増した。

やがて私とテオは小魚に飲み込まれ、柱となって群れで泳いだ。大昔、空を飛び回った感覚と少し似ていた。

星が降り始め宇宙を打つ振動が私たちを刺激した。私たちは喜びで狂ったように泳いだ。深い場所に潜ると星は消えた。少し暗くなった。目がそれに慣れると、大きな羽のない飛行機と、それにぶつかって死んだのか、仰向けになった巨大な魚の骨が、青白く、細胞の様に震える泡に取り巻かれて沈んでいた。小魚たちは狭い所をぐるぐると、その骨に沿って泳ぎ回って遊んだ。私もとても嬉しくなり、必死で泳ぎまわった。お祭り騒ぎだった。

光ったり回るものは好きだった。星降る日には、一番最初を思い出すから。大きな影が私たちの上にやってくると、やっと母親に会えた迷子の様に、その手を固くつかんだ。それでも思い出せるものは、最後には5つか6つくらいになる。それは紛れもない、宝物なのだ。

The 69th Berlinale Talents in Berlin International Film Festival : ベルリン国際映画祭タレント部門に招待されます。

*I wrote a brief greeting in English at the end*

 

来年2月から開催される、ベルリン国際映画祭、タレント部門に、監督として、招待していただけることになりました。

3400人、130カ国の応募者からの選出。

宮崎大祐監督の後だとしたら、5年ぶりの日本人です(ここはフェイクニュースだったらすみません)。

 

2017年にマカオ行きの飛行機のカウンターで、18歳の頃からmixiで友達だったが、ずっと会ったことはなかった宮崎大祐さんと偶然会い、色々話して、その中で、ベルリンタレンツという世界中の映画関係者が集まるイベントがあり、それに出てから変わった、というお話を聞いて、心に残っていました。

英語と、映画や芸術の教育を受けていないこと、映画産業の中にいないことがネックだとは思っていましたが、映画をやめたいのか、少しでもチャンスがあるなら進みたいのか、自分の気持ちに正直になり、

かつ、一度は外国で住みたいという夢もあって、とりあえずホーチミンに向かいました。

マルグリット・デュラスが生まれ育った場所に行きたかったのと、ベトナム似合うんじゃないと人に言われたからです。

 

今年の、日本では夏のシーズンに当たる時期は、ずっと、そこで勉強してました。

そして出会った人たちと一分間のショートフィルムを作り、その出来が、審査に影響したんじゃないかと自分では思っています。

また、後で機会があれば、言及したいのですが、以前より関心はあったが、きっかけのなかった信仰も、実際に持つことにしました。

 

ベルリンタレントでは、更に選ばれた10人がプレゼンできる「スクリプトステーション」という部門があり、それは落っこちてしまったのですが、次回から審査が一つ減りますので、今度はもっと具体化させて再挑戦するつもりです。

 

目標としては、やりたい企画がいくつかあり、そのどれも同じくらいの重要度で、優先順位自体が難しかったのですが、ずっと撮りたかったCleansedの現時点での企画がとりあえず却下になり、シンプルに、三部作をまず第一に撮りきるのが先決という結論に至りました。

数字フェチなので、2020年という年にはやはり、只ならぬ引力を感じます。

10年代のうちに少なくとも着工は始めるつもりです。

 

ベトナムには、ホーチミンという父がいます。

また、南北の暴力的な分断が、いまの統一が、現実の歴史としてあります。

一番良かったのは、友達になれそうな人が沢山いたことかもしれませんが。

とにかく、これからどんな悪いことが起こっても、この国を嫌いになることは無さそうです。

ベトナムを含めた、いくつかのアジアの国で、日本語は言語のうちの一つとしてしか使わず、ただし、吹き替えはできるような形にして、目が見えない人も楽しめるように音も豊かにして、魅力的な人達の事情で溢れた、純真で官能的な、雄大な川の様な映画を作るぞ!

 

ここ数年間、楽しい時間を一緒に過ごしてくださった方、ありがとうございました。

今、思いつく名前をつらつらと書いてましたが、映画が出来たらクレジットさせてください。進むことが恩返しだと考えて、頑張ります。

また、映画を見に来て下さった方もありがとうございました!

抜群のアンテナと厚い友情に感謝いたします。

 

I am invited by Berlinale Talents in the 69th Berlin International Film Festival.

I really think it's the treasure that I have to treat preciously.

Thank you so much for supporting me always. Especially the friends who spent the difficult period with me in these years.

I'd like to write the names of everyone in the ending of my next film.

 

I appreciate for your outstanding antenna & incredible friendship.

 

Lastly,I'd like to write the credit of our short film that I submited in the application for Berlin Talents. I'm glad if I can have the chance to publish this piece someday.

 

Cleansed (1 min, 2018 ) : 

                                             Producer : Ms.Tesh

                                             Actor : Ms.Gracia, Ms.Bereka

                                             Editor (including the sound engeneer) : Mr.Emd

                                             Narration script and voice : Ms.Gellian

                                             Special Thanks : Ms.Jenny, Ms.Yuka, Mr.Joseph, and everyone.

                                             Director : Yokna HASEGAWA aka Zombie, to say as possible as positively, Phoenix.

 

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with Gracia

 

 

Have a sweet christmas and exciting new year!

🎄💫

 

 

 

Enten=Eller (1)

キルケゴールに言わせれば、「気分」を限りなく「行動」と「シチュエーション」に分節しようとするのが「ドラマ(言葉の演劇ないし古典演劇)」である。ドラマは漠然たる情緒ではなく、思想や理念を提示しようとする演劇だ。そこでは作品を覆う「気分」が過剰であると、「病的な抒情性」という欠陥をもたらすことになる。「劇を発生せしめた気分」は、言葉によって徹頭徹尾思想へと高められねばならない。それに対して、「気分」と「思想」との関係が完全に逆転するのが、オペラである。「オペラにおける統一を保つものは、全体を支える基調である」。オペラにあっては、音楽がつくり出す「一種の交響、一種の共鳴、一種の調和」が、「分離した声の多数における気分の統一」をつくり出すのだ。登場人物たちは一見、自分自身が行動の主体として振舞っているように見えるかもしれない。だがそれは、あくまで言葉によって織り成される、劇の表面にすぎない。言語化視覚化できない何か、沈黙し目を閉じて聴くことによってのみ開示される何か、音楽だけが伝えることのできる気分。これが劇の背後で登場人物たちを衝き動かす力となる。根源的な一つの「鳴り響く気分」が登場人物たちを支配することによって、劇が統一されるドラマーそれがオペラである。

こうしたドラマトゥルギーのありようと大いに関係しているのが、オペラの主人公の性格類型である。周知のように(そしてしばしば物笑いの種になるように)、オペラの主人公は行動の一貫性と無縁だ。感情の極端な振幅、理屈では説明がつかない行動の急旋回、そしてそれらを正当化する口実としての魔法や媚薬や狂乱や夢遊病といった荒唐無稽な筋立ては、オペラの十八番である。(〜中略)ドン・ジョヴァンニは「たえまない浮動状態」にいる、「この浮動状態は音楽的な振動」であり、「再三現れるのだが、決して一定の姿と堅固さを獲得することはない」

 

〜つまりオペラにあって登場人物は、自分の行動の主体ではない。言葉の劇のような分節され自己完結した人格の輪郭は、オペラにはない。音楽だけが表現することのできるデモーニッシュな力(リビドーと言ってもいいだろう)に取り憑かれた人々を主役とするドラマが、オペラである。

 

〜こうした「根本的気分」が、最も直接的な形で提示される場と彼が考えるのが、序曲である。序曲の中で音楽は、「自己みずからの上をただよい、下り立とうとする場所の上を漂う」。そこでは「作品のなかですでに知ったもろもろの力が根源的に蠢き、全威力を持って衝突しあっている」。

 

〜そこで提示された根源的な「力」が、幕が上がってからも劇の背後でたえず振動しつづけ、劇の表面に亀裂が入ると、そこからマグマのように噴出してくるのだ。

 

 

 

ドン・ジョバンニ

音楽的エロス について

岡田暁生氏の解説から。

 

 

Gift from Barry Doupé, almost one season in Saigon

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実家に帰ったら、友達のバリーからプレゼントが届いていた。

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100 Amiga paintings / Barry Doupé

100 AMIGA Paintings

AMIGAというソフトを使って描いた100作品

展覧会の際に依頼を受け、英語で詩を書きました。

Yokna Patofa Poetic Responce

waap_amigapaintings_FINAL_11X17-1_forweb.jpg - Google ドライブ

友人(Grace)に、このテキストの中に少しでもポエジーはあるのかと聞いたら、ポエジーというよりはアナロジーだと言われた。そうなんだと思う。知性でフレームを作ってしまったような気はする。それでもサイゴンで現実になったことのまるで前触れの様な喜びや、蛹について書かれていて、納得した。願いが単純に、かなったのだ。

英語ができるようになるためではなく、言語実験室の記録として、大量に破戒を残しておきたい。

 

脱殻の様な気持ちでいたら、台湾のアーティストのChaong Wen氏からメールがきて、いまペルーのリマにいて、森山さんのオープニングに行ったら君の写真があったと

 自分自身のことを覚えている人が全くいなくなったら、全く新しいことができる

でもその試みは、クリエイティブな形あるもの、人に伝わる物語につながるというよりは、人生をますます不思議なものにし、攪拌させただけのようだ

どうやったら自分自身の沢山の一時的な泡のような驚きや痛みを、或いは世界観の改革の閃きでも、そういった発見を、二度とその手を握れなくなる前に、人にも未来の自分にも、届くようにできるだろうか。そもそも届ける必要なんてないのでは。確かめたいのだろうか?

カメラほど有り難いものもなく、ここ最近ずっと、写真は証拠以上でも以下でもなかった。けど、それでもまだ足りない。

ボディメモリー優位は嘘だ。そもそも絶対に繰り返されない物事を、捉えたいのだから。

人やモノに語ると、それは記憶される。私もまた、完全にはなくさないでいられる。

とはいえ殆どの人や動植物が、群れが、わざわざ外部化する必要も感じないまま、気づきもしないで、人生を終えていき、それが正しくも思える。

生きる純粋性、真剣に、バイクの後ろで、真剣に、死んでもいいな、むしろ戻って、戻らない、思い出にするくらいなら、このままこの騒音と、湿度と、群れの中の永遠の移動の中に消滅していきたいと、

そういったことがフェイクじゃない願いとして心に現れていたのは、良いことなのだろう。

ベトナムでは、間接的にしか生きられないということはなかった。

短期間のluckがあったのは理解している

でも旅ほど無責任で、つまらなく、無意味なこともない。

嘘とまでは言いたくないが

その先に行きたい

 

 

明日は好きな役者さんが出ているので、「誤解」を見に行く! 

 

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Ho chi minh, 2018, yokna hasegawa

 

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