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ニッポンヴィジョンズ審査員特別賞受賞作品 日本零年三部作第二部、『DUAL CITY』の情報は→ http://ek-stase.under.jp

日本零年三部作、第一作『イリュミナシオン』予告編

風景

私の小さい頃からの地元の印象は、一言で言うと、「退屈」という感じだった。東京に来てからいい所だなとすごくわかったけど・・。しかも前の前くらいの世代にやっと水路が引かれたような不毛な場所に住んでいた。

土地が持つ記憶というものは、あると思う。自分にはその茫漠な感じが心にも、身にも、世界観にもしみていると思う。中心じゃない感じ・・・近郊とか田舎とかいった、相対的なことと共に、アメリカでもヨーロッパでもありそうな、絶対的な、砂漠のような感覚があった。(ロシアはどうだろうか・・・。ロシア人は、よく、世界的な問題を自分たちで背負おうとすると聞くが・・そういった意味で、自分(とか近郊の人で砂漠を感じる人)の感覚とタルコフスキーの感覚はネガとポジなのかも。私もまた、非中心的ではありながらも世界を感じていた。)

自分の心の目、的には、家とか、色々なものは見えなかった。実際今、大人になり、それなりの羅針盤や杓子定規を持って帰ってみると豊かな場所なのですが・・小さい頃には、なんでこんな所にいるんだろうという不思議さがあった。でもこれ自体も、考えてみると、テレビとかのせいなのかもな。何も知らされず、そこに最初から住んでいれば、その場所を享受したはず。でも昔から、旅人のような人種はいた。いずれにせよ、自分が今いる所が中心であるに違いない。

 

住んでいる場所以外が「風景」である、でも私にとって地元は住んでいるのに風景だったんだなと思う。よくも悪くもゲシュタルト崩壊がビジョンに関して頻繁に起こる。もしくはタイムスリップ、デジャヴ、ジャメヴその他よくわからない混線、交流。逆に入り込める土地はあって、何にも知らないのに、運命を共にしなければならないような感情にさせる。