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ニッポンヴィジョンズ審査員特別賞受賞作品 日本零年三部作第二部、『DUAL CITY』の情報は→ http://ek-stase.under.jp

日本零年三部作、第一作『イリュミナシオン』予告編

マカオの文書館

..ときとして他ならぬひとつの想い出のなかに二つの想い出を重ねるということがどうして起こりうるのか不思議なものだ、そのときぼくに起きていたのがそれだった、一九五六年のあなたのイメージを想いだして、そして同時にいつまでもぼくに残るであろうあなたのイメージを練りあわせていた、ほとんど三十年もあとになって。

 死者たちに宛てて書くべきでないことはぼくだって心得ている、しかし場合によっては死者たちに書くということが言いわけであることぐらいあなたにはすっかりお見通しだ、それはフロイト的な基本的事実だ、なぜならそれこそわれわれ自身に書く何より手っとり早い方法だからで、ですから大目に見てください、ぼくはこうしてぼく自身に宛てて書いている、いや、おそらくそうではなく、ぼくのなかにもっているあなたの想い出に、あなたがぼくのなかに残していったあなたの痕跡に書いているとしても、それゆえある意味では本当にあなたに宛てて書いているとしても---いやちがう、おそらくこれもやはり言いわけなのだ、現実にはぼくはただぼくに宛てて書いているにすぎない--あなたの想い出というのもあなたの痕跡というのもそもそもぼくのことにすぎない、そこにはあなたは影も形もないのだ、ただぼくがいるだけだ、ここに、香港へ向かうこのジャンボ機の肘掛け椅子に座っている、ランブレッタで行こうとぼくは考えた、香港へぼくを運ぶ飛行機に乗っていて、そのあとそこからマカオ行きの渡し船に乗ることはわかりすぎるほどわかっていた、ただしぼくはランブレッタに乗って旅しているのだった、ぼくの十三回目の誕生日だった、あなたがマフラーを巻いて運転している時、ぼくはランブレッタに乗ってマカオへ向かいつつあった。そしてあなたは体をひねらずに、総がぼくをくすぐるマフラーを風になびかせて叫んだ--マカオへ?マカオへ何しに行くんだい?そしてぼくはあなたに言った---文書館に書類を探しに行く、市立の文書館がある、そのほか古い高校の文書館もある、紙切れか、手紙かもしれない、わからないけれど、要するにある象徴主義の詩人が書いたものを、探しに行くんだ、マカオで三十五年生きた変り種の人間で、阿片中毒だった、一九二六年に亡くなった、ポルトガル人で、名前はカミロ・ペサーニョといった、先祖はジェーノヴァの出身で、一三〇〇年代にさるポルトガル王に仕えていたぺヅァーノという人だった、詩人だった、一冊だけ薄い詩集---『水時計』を書いた、この一行を聞いてくれる?---「あやまって野生の薔薇が咲いた」。するとあなたはぼくに聞いた---おまえにとってそれは何かの意味があるんだね?

アントニオ・タブッキ