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Máy bay tàng hình

june の 交流<トランザクショナル>解釈

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写真とノートをかなり整理した。短歌感覚が感覚の全体を変えてきてる気がする。

短歌では、斎藤史の、時代感覚、人類的な視野の広さ、哲学性、幻視/ヴィジョンの大きさ遠さ、鮮明さ、また歌の中にのこそうとしている、人としての生き方の強さに凄く打たれた。日本の女の人で一番好きかも。(主に第1歌集「魚歌」から始まる歌人の年譜をみると、太平洋戦争の時代との並走の中で、母として、妻として、軍人の娘としてというご本人の人生と切り離せない歌も多いと思うので。ただ、視野の広さの方向性だと思うけれど、何処からきたかわからないような神秘的なヴィジョンそのものもあって、どちらも好きだから、日本人の中で一番好き、と言っても別にいいかも。)

 

自分でも詠んでる。文語は間違ってる部分あると思うのでもっと勉強したい。

ベトナムへ九月まで行くことになった。

骨折した(し続けている)。左手を使うことで、全身の感覚が変わってきている。

 

<六月中の短歌>

六月の蓮の葉の液夥し橙の飽和は瞑る目に満ち

ドア開けて六月の雨貫ける新型ステルス何処(いずこ)へ行かむ

口笛を吹けぬ少年泥の川夜通し歩めば歌う海あり

乾きたる大地流れて膨らまむ常に思ひ出幅持つJUNE

来しものら心奪ひて弟も黄色の電車も撮らず別れぬ

弟と冒険したる夢を見しソファの下は温(ぬく)き海原

 

-手の骨折りて-

生身たることは痛くてもろきかな白きギプスを痴れて誇りて

ギプスして街を歩けば見えぬ傷見せぬ悪魔も腕でつららす

 

-ベトナムへ-

不可能のほとりで少女の船待たむ凍ることなき綴りの Sông Cửu Long/瀧九龍(メコン)

森林はこれ程美(は)しき追悼かデュラスの墓(モンパルナス)に人はペンさす

モンパルナス貧しき我も青ペンを捧げば空に十字雲読め

 

-水原先生の歌の中で..江青という名前から来るイメージを詠まれた一首

(

汚名また美しきかな江青はいかなるひびきの河にありしや ー水原紫苑

)

が印象に残り、大阪で上映の際、ふと寄った中古店で買ったカメラを調べると、江青がかつて「中国のライカを」と作らせたもので、略称は海鷗(シーガル)、という偶然があった。シャッター音と河の響、また海と河を間違って慕う空の生物について//恥ずかしげもなく//-

 

江青を母と紛ひき海(シーガル)の鈍(とろ)き羽搏き河と響かむ

 

 -億名