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The diary of Yokna Hasegawa

覺醒と寂滅

Oh Asia, Eternal Amoeba Yokna HASEGAWA

永遠にアメーバ的なるアジア-長谷川億名

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永遠にアメーバ的なるアジア、長谷川億名 ベトナム、ホーチミン

 

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旅行へ行っても、観光地には行かないし、美術館もギャラリーも行かない。エキゾチックな、セッティングされた顕在意識を撮りたいとは思えない。

どんなに好きだと思う人と会っても、美しいものに触れ美味しいものを食べても、段々空っぽになっていって、どこでも、どんな時間の中でも、変わらない私と言うものがただ続いていることに気づく、それが好きなのだと思う。

特にトランジットで23時間とかの安い切符で帰ってくると、無意味に外へ出て、何の繋がりもない、それこそ偶然行く事になった国、街の風景を見る事になる。

それが香港や東京や、上海みたいなスパイが生き延びやすそうな街だと、完璧だ。

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さっき、地元の小洒落たパン屋へ行ったはいいが、何となく腑に落ちず、ややロウな気分で空っぽに信号を待っていたら、いきなりばっと、7、8人のサンバイザーをかぶった人たちが自転車で私を囲み、私を完全に仲間に入れた状態で、東南アジア(多分タイ)っぽい言葉で楽しそうに話していたので、私も思わず溶け込んで、一人が何か喋って、みんなが笑うところで大笑いしていた。

 

最初にホーチミンに行った時に、「凄い湿度ですね」と言ったことを思い出す。

湿度があるから、空気すら感触のあるものに変わり、境界線がわからなくなり、他人も自分も一緒くたになってしまうのだ。

そんな液体的なコミュニケーションを懐かしく思った。

道を歩いて顔見知りになれば果物を枝付きで貰え.. 、もちろん同時にぼったくられはするが、その話を道端でしたら、今度はお金を(700円くらいだったが、)貰い..、本当にすごい国だし、住むならベトナムだなぁと言う気はいまだにしている。

 

ただ映画を作りたいと思うと、ある程度時間がかかって現地で関係性を育んで行くか、ズカズカ入っていって、無垢でエキゾチックな風景だけ掠め取って帰って行くか。それでもベトナムは、別に何も言わないとは思うが。上海も、香港も、東京も、似通って来るけれど、ホーチミンハノイは完全に異なる部分が残ったままになるだろう。それが湿度がもたらすものだと思う。結局、お金で何を貼り付けても、それを凌ぐ勢いでスコールが叩きつけられ、瞬く間に水が満ちては引いて、植物は生い繁ってエーテルを発して行くので、普通の国に収まるわけがない。

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ニューヨークは、何人かの人に、「ホーチミンからニューヨーク?!逆ですね..」と言われた。

ニューヨークは...、全く発展していなかった。非常に原始的な光線があり、アメリカ大陸にコロンブスがやって来たことを追体験できるような自然の残り方をしていた(個人的には)。。

色々見て行く中で一番「発展」しているのは、結局、東京だなと思う。

それはルーツを根幹から断ち切って、デジタル的に処理して来たから、何も残ってないから、多分出来たのだろう。

ベトナムには前述した通り、「抵抗」としての、物理的な「湿度」があった。スコールがあった。日本にはそう言ったものは何もない。あったとすれば、精神と、言語の中にだと考えている。

発展て何の意味があるの?というくらい、ニューヨークはルーズで、楽で、居心地よく、ベトナムと同じ様に、歩いてるだけで友達が出来ていく楽しさはあった。「髪型いいね!」で20人、「そのラップトップ何?!(ヨガブック持ってたので)」で5人くらい。あれですごい高い街なのが不思議だしわかるような気もする。高さとは何なのか。人が住みたいと思う街とは何なのか。

行ってから、ストレンジャーザンパラダイスとかを見ると、本当に、日本のどうしようもない日常を撮った映画を観てるくらいの近さになっていて驚いた。スタイリッシュな風景じゃなく、「近所で撮ったのかな」になってしまっていた。どっちが本当の観方なのかわからないが..。(勿論それでさらに恐い所が見えてくる凄い映画だったが、)

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ニューヨークでは、美術館に全然行かなかったが、映画館には行けた。

日本で会いに行ったドゥニがちょうどNYにもいらっしゃっていて、彼女の映画を9本(米MUBIでも特集されていた)@BAM,

Dennis Cooper、Zac FarleyのPermanent Green Light @Spectacle

Bi Ganの、Long Day's Journey Into Night @Metrograph

Long Day'sは、もう一ヶ月前に観たけど、本当にすごかった。3Dになってからの越え方..。

チープな3Dメガネによって、初期映画に非常に近い所に戻りながら、かつこれまでの映画史ではなかった身体感覚で私たちを巻き込んでくれる。また、知られていなかった土地があって、それを映画で互いの人生に穴を開けて、垣間見せる、という部分で、「臨場感」の必要性と3Dは深く繋がっているし、明らかにタルコフスキーを思わせるいくつかの描写さえ、彼の映画の中では完全に解釈どころではなく、再接続されていて、あー新しい映画なんだなぁと、映画はこうして続いて行くんだなと、映画館で震えた。

 前に横田さんが、写真は魔術ではなくて小手先の手品なんだっていう言葉が好きだと言っていて、印象に残っていた。帰って来てから、ニューヨークのフォトブックのページの流れを作る過程で、いくつか潜在意識的な仕掛けを作ろうとしていて(簡単に言うと映画で言う、イメージカラーとか。赤を必ず入れるとかそう言った)、それによって魔法をかけよう..と、考えてかけて、「いや、これこそ、テーブルマジックじゃなくて何だろう」とハッと気づいた。

横田さんから聞いた時、テーブルマジックという言葉は、卑小さを意味するように聞こえたけど、写真が写真家の意図で大きく変わるものだと言うこととか、そのケミカルなプロセス以前に、芸術家全体がやっていること、意識するもしないも、制作過程で使っているトリックは全部テーブルマジックであり、だけどそれは全然ネガティブな意味じゃないということをふとその時実感した。

なぜテーブルマジックを人は人に仕掛けたいのだろう?って言うこととか、トリックによって相手や観客の中に見える/起こる結果と、マジシャンのプロセスはまた、ぜんぜん別のことなのだと言うこととか。また、マジシャンの動機がお金や仕上げ的な一般的外観に繋がるならそれは簡単だろうし、皆納得するだろう。でも一方では人間の精神の構造の探求にもなって来る。アブストラクトな感触、ミステリーに向かって行く可能性があって、そこで世界で初めて起こるマジックは、発明であって、「自然」と同じ形で人間を変えて行くものになる。

 

あとはドゥニの、I Can't sleep / パリ、18区、夜、泣けてきましたが、それが、真っ昼間の、ジャックタチみたいな、一番笑えるシーンだった。昔の女優さんが若いまま、映画の中で生きているところを見ると、途轍もない幸福感と悲しみに包まれ、映画の歴史が残すものをどうしても感じてしまいます。だから映画はやっぱり、3、40年以上経たないと、真価はわからないでしょうね。

Trouble Everyday / ガーゴイルも、私は真面目に観るつもりだったが、ヴィンセント・ギャロが出てくる度、会場が笑いの渦に包まれるので、そういう楽しみ方になってしまった。

とにかくみんな笑い、本人たち不在でも拍手するので、それにも感動した。大切なことに非常に気付かされた。みんな静かに出て行くなんて事はないから、映画館から出てきてもあんまり寂しくならない街なのがいい。ドゥニの時は友達もできた。ニューヨークで好きな映画を全部見返したい。

 

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とにかく私は自分にもう逃げ場がないこと、映画を撮らなければならないということがわかり、トリートメントを書き、リサーチを始めている。ニューヨークの写真もまとめるけど、それもまた、映画に近づく手段だというのがわかる。

埴谷 パラレル・アクションとあなたは言いましたけど、確かに少年はそう言うことを感じていて、例えば危機一髪の瞬間、助けに来るやつが馬に乗ったり、あるいはオートバイに乗って来る。これがパラレルですね。こっちが危ない、向こうからは助けにやって来るーその時少年は必ず拍手するんです。その少年の拍手は、やがて、存在の秘密だか人間関係の秘密だかわからないけれども、その秘密を探求しようと言う精神の追いかけごっこになるんですね、単細胞から我々人間に成長するまで、結局、絶えず何かを追っかけていたということですね。(埴谷雄高対談集 覺醒と寂滅)